「カメラマンさん、今夜の獲物はあなたみたいね」 夜の裏通り、メインストリートから一本外れただけの道。私はそこで、凶器を手にしたシリアちゃんに迫られていました。冷酷な笑みを浮かべて迫る彼女の姿に、私は全身に鳥肌が立つのを感じながら、恐る恐るデジカメを持ち上げてシリアちゃんを写真に収めようとします。急に動くとその瞬間にはあの鎌が首筋に突き立っていそうで、シリアちゃんを刺激しないような速度でしか動けないのがもどかしい。そうこうする間にも、どんどんと距離は縮まってきます。 『ピピッ』 シャッターを切った次の瞬間でした。シリアちゃんの姿はもう眼前にあり、私の手にしたデジカメの画面を覗き込んでいました。 「どう？いい感じの写真は撮れたかしら」 「うん、多分OKでるんじゃないかな。シリアちゃん、なかなか演技派だね。おかげでいい写真が撮れたよ。武器の方を目立たせるとシリアちゃんが目立たないから、これでやってみよう。もしよかったら作業も見る？」 「そうね、こんな時間にお邪魔してもいいなら」 私は頷くと、シリアちゃんを連れて裏通りを出て、自宅に向かいました。 そもそもの事の経緯は、地域自治体からの要請で『通り魔に警告するポスターを作って欲しい』というものでした。この町には夜になると、たびたび辻斬りを行う通り魔が現れるのですが、既に50人以上も襲撃されているという事らしいです。大体の場合は夜に一人でいる人間が狙われるケースだそうで、夜の一人歩きや人目の無い道を通る事の危険性を啓発したいとの事。確かに、人が実際に襲われている以上は町の住人としても他人事ではありませんので、私はその依頼を引き受けたのでした。 「それで、さっき撮った写真にパソコンで文字を入れていくのね？」 「そうだね。大体の目的からすると、こんな感じかな」 ざっと簡単に画像編集ソフトを使って、写真に文字を入れていきます。後はクライアントからのOKが出れば仕事は完了です。 「しかし、何で不審者のモデルに私なのよ？もっと暴漢っぽい男とかじゃダメなの？」 「ああ、それはクライアントの要望があってね。夜の路地裏ってロケーションで撮影するから、黒ずくめの男とかだと絵面が暗くなりすぎて注目度が低いらしいんだ。だから、可愛い女の子に不審者役をさせて欲しいって言うんだよ。凶器も目立たせるとそっちに注目が行くから、主役はあくまで美少女にしてって言われたんだ」 私がそう説明すると、シリアちゃんはちょっとむず痒そうな顔をして視線を逸らします。 「可愛いって・・・あなたね、カメラマンなら私よりも見栄えする女の子の知り合いくらいいるでしょう」 「えっと・・・まあ、正直な話で言うと、すごく綺麗な子がいるよ。クリスマスパーティを一緒にするくらい仲も良いんだけど、その子と一緒に撮ったのは没にされちゃったんだ」 「ふぅん？もし良ければ見せてもらえる？」 シリアちゃんが興味を示してくれたので、私は瑞葵ちゃんと撮った方の写真とポスターをPC画面に表示します。それを一目見て、シリアちゃんの顔が引きつりました。 「・・・た、確かにすごい美少女ではあるわね。でも方向性が違うというか・・・これだと通り魔って言うよりヤンデレストーカー女よね」 「私は結構いい線いったと思ったんだけどね。クライアントからも言われたよ、『通り魔っぽくない』って。だからこの子に頼むのは諦めて、シリアちゃんに声かけたんだ」 「カメラマンさん・・・それ、つまりは私が通り魔っぽいって言う事よね？」 あっ、しまった。シリアちゃんが怒ってる！ 「ち、違うよ！ほら、シリアちゃんならヤンデレにならないでクールな感じに決めてくれると思ったから声かけたんだって！夜が似合うイメージもあるしさ！」 「そういう事にしておいてあげる。実際、私も夜歩きはよくするし」 そうだ、これを機にシリアちゃんに言っておかないとな。 「シリアちゃんも、夜歩きはあんまりしない方がいいよ。意外と殺人鬼がすぐ近くにいるかもしれないんだから」 「実際いるんだけどね、殺人鬼」 シリアちゃんがじっと私の顔を見つめてそう言いました。実際いる・・・？ああ、まあ確かにこの町には殺人鬼がいますからね。意外とって言うのはおかしいか。 （まさかクライアントの人も殺人鬼本人が不審者役として起用されてるなんて思わないでしょうね・・・ある意味カメラマンさんの勘って鋭いのかしら） 「？」 シリアちゃん、何か考えてる？でも何を考えているのかは読み取れないな・・・。 「ところでこの銀髪の女の子って、高台の公園近くに住んでたりする？何だか見かけた覚えがあるんだけど」 「うん、そうだよ。そう言えばシリアちゃんもよくあの公園にいるもんね」 話題が瑞葵ちゃんの事に変えられてしまいました。シリアちゃん、夜歩きやめるつもり無さそうだなぁ・・・。 「で、カメラマンさんのお気に入りの子なんでしょう。写真を見る目が優しかったわよ。もしかしてお付き合いしてるとか？」 「い、いやそれはしてないよ。両想いなんだけど振られてるというか、まあちょっと複雑な関係で」 「何それ・・・？まあ、いいわ。この子の写真って、このポスターにしたの以外にも撮ってるでしょう。ちょっと見せて？」 「？まあいいけど。ただ、どれもあんまり出来は良くないね」 ナイフを持たないで撮ってみたものや、構えポーズが違うもの、後は通り魔っぽさを出すために返り血メイクをしてもらったものとかを出してみましたが、やっぱりポスターに仕立てたあの一枚が良かったなぁ。 「・・・この子、手強そうね。手出しはやめておくか」 「？」 シリアちゃん、急に瑞葵ちゃんに興味を無くしてしまったみたいにPC画面を見るのをやめちゃったな・・・？ 「カメラマンさん、もし撮り直しが必要ならまた気軽に声を掛けて頂戴。私はそろそろ行くわ」 「もし良かったらタクシー呼ぶよ？それこそ通り魔が出るかも」 「心配はいらないわ。ご忠告ありがとう」 シリアちゃんを玄関先まで出て見送ります。シリアちゃんはすぐに闇夜に溶けるように見えなくなりました。まあ確かにシリアちゃんなら、不意打ちでもされない限りは通り魔なんかに負けないか・・・。そう考えを巡らせた私の耳に、どこからかマントを翻す音と大鎌を引きずる残響が聞こえてきました。・・・そもそもシリアちゃんを襲おうと思えないかもしれないよな、あの格好相手じゃ。 ちなみにポスターはOKが出ました。ただそれが街中に掲示された後、ポスターを指さして「お前が言うな」と突っ込んでいる先輩と反省の色も無さそうなシリアちゃんの姿を見る事にもなったのですが。