「ピピー！パパ、レッドカードです。このお屋敷に立ち入ることは許しません！」 玄葉からシリアちゃんまで、瑞葵ちゃんとお付き合いを始めましたという報告を入れた次の日でした。私は前日話せなかった晶さんと花梨さんに会いに来たのですが、庭園でいきなりコマメちゃんに通せんぼを受けてしまいました。 「こ、コマメちゃん？どうしたの、何かあったの？」 「玄葉叔母さんから聞きました。パパは鈴白瑞葵さんと恋人になったそうですね。コマメはパパの為を思って花梨先輩との仲を取り持とうとしたというのに、このような裏切りは予想外でした。コマメは怒っています」 そうか、昨日の内に玄葉が言ってしまったのか。しかし、私もけじめはつけないといけません。何としても晶さん達に会わせてもらわないと。 「コマメちゃんの努力を無にしてしまったのは謝るよ。でも、私は直接晶さんと花梨さんに会って言わないといけない事があるんだ。これまで良くしてもらったのに、その辺りの挨拶をちゃんとしないのは礼儀に反するでしょう」 「プー！」 コマメちゃんが軽いビープ音みたいな抗議の声を上げていると、屋敷の方から花梨さんがやってきました。 「早渚さん、お早うございます。昨日は留守にしていて申し訳ありませんでした。コマメ、お客様を足止めしろとは命じていないでしょう。仕事に戻りなさい」 「・・・かしこまりました」 コマメちゃんは不満げな顔で立ち去りました。いや、ロボットに不機嫌とかいうのもおかしい気がしますが。それから、花梨さんに連れられて晶さんの元まで向かいます。途中、花梨さんは私と一言も言葉を交わしませんでした。大きな部屋の前に着くと、花梨さんが扉をノックします。 「どうぞ、お入りになって」 中から晶さんの声が聞こえ、花梨さんが扉を開けてくれました。私はおずおずと中に入ります。金剛院邸には何回も来ていますが、こんなに緊張するのは初回の時にも無かったことです。 「まぁ、早渚さん。お早うございます。本日はどのようなご用件ですの？」 私に穏やかな口調で話しかけてくる晶さん。私は、晶さんに一礼して話を始めます。 「晶さん、お早うございます。何度も婚約の話を持ち掛けてくれた晶さんには伝えておかなければと思いまして、今日はお伺いさせていただきました。以前、ここで一時的に保護していただいた鈴白瑞葵ちゃんを覚えていますでしょうか。この度、私と彼女は恋人関係になりました」 「それはおめでとうございます。・・・それで、お話はそれだけですの？でしたらわざわざご足労頂かなくても、お電話やメール、もしくは使用人にお伝えしていただくだけで結構でしたのに」 違う。晶さんの纏う空気が、普段私と接している時のものじゃない。表面上は丁寧だけど、裏に何かを押し殺しているような、そんな雰囲気。 「い、いえしかし、以前から良くしていただいていたのにそんな簡単な挨拶で済ませるのは不義理ではないかと」 「早渚さん、お忘れかも知れませんがわたくしは金剛院家の次期当主です。ゆえに、存外に余暇の時間は少ないのですわ。人間関係上重要な人物と会う他にも、経営の事など考えなければならない事などたくさんありますの。あなたは友人であり恩人でもありますが、結婚話でもなくただの交際関係になった程度の事でいちいち義理立てされても困りますの。ご用件がお済みなら、どうぞお帰りになっていただいてよろしくてよ」 すごく晶さんらしくない。こんなに冷たい態度を取られたのは初めてだ。私が怯んでいると、花梨さんがそっと私を部屋の外に導こうとします。私は晶さんに「失礼しました」とだけ告げて、部屋を退出しました。 「早渚さん、お嬢様が大変失礼な態度をとってしまった事をどうかお許しください。実は昨日、玄葉さんからその件については私たちに連絡があったんです。その夜、お嬢様は気落ちした様子で部屋でずっと飲酒されていたんですよ。今朝方『もし早渚さんが尋ねてきてもいつも通り対応できますか』とはお聞きして、大丈夫だと言っていたのですが」 「・・・いえ、私も少しデリカシーが無かったのかも知れません。晶さんからしてみれば、婚約のアプローチまでしていた相手が急に別の女性と付き合い始めてしまうだなんて、面白く無くて当然ですから。花梨さんも面白くなかったでしょう、そんな話を聞いて」 「いえいえそこは早渚さんが悪いとは言えませんよ。お嬢様相手に気のある素振りをして交際を仄めかしていたならともかく、普段はそういう空気じゃなかったじゃないですか。せいぜい例の『ママにしてやろうか』発言くらいですよ、やばかったのは。それに、私だって別にその、早渚さんとそうなる未来を思い描いていたとかじゃないので気にされなくても大丈夫ですって。お嬢様についても多分今夜あたり、お嬢様からさっきの態度についての謝罪の連絡が行くと思うんで」 そんな事を話しながら歩いていて、私はあの約束の事を思い出しました。丁度花梨さんもその話を切り出してくれます。 「早渚さんと約束した例の撮影会も中止するべきですね」 「ああ、そうですね。誤解が無いように先に瑞葵ちゃんに言っておくか、こんな約束してたけど無しにしたよって」 「早渚さん、その件は元はと言えば私の好奇心のせいですので、私が直接瑞葵さんに謝罪の連絡を入れます。原因となった事情から全てご説明しておきますので、早渚さんがこの件で心を砕かれる事はありません」 花梨さんはそう言ってスマホで瑞葵ちゃんに連絡をし始めた。花梨さんも中々律儀な人だ。 「・・・えっ？ちょ、ちょっと！？」 と思っていたら、何か慌てた様子になった。どうしたんだろう。 「花梨さん？」 「さ、早渚さん。瑞葵さんに事情をお話ししたら『約束してたなら破るのは良くないですね。凪さんの好みのポーズとかアングルに興味があるので、撮った写真は私も見たいです』って言ってたんですが」 ・・・え？ 「ま、待ってください。それつまり、私は恋人でもない女性のセクシーな写真を撮影した上で、その写真を付き合いたての恋人に提出しなきゃならないんですか？」 「そう・・・なりますかね～」 しかも花梨さん、シラフじゃ無理とか言ってたから一緒に飲んで酔わせた上でって事だよね。そんなの私もブレーキ効くか怪しいんだけど。 「か、花梨さん。今の内に水着用意しといて下さい。さすがに彼女いるのに他の女性の裸は撮れません。あと多分酔った状態で花梨さんの裸を見たら自制が・・・ですね、はい」 「わ、分かりました。早急に用意します。それとあとでお酒を飲んでも問題ない日をリストアップして送っておくので、早渚さんの都合のいい日を見つけて誘って下さい。・・・はぁ、何でこんな展開に・・・？」 なんかえらい話になったぞ・・・。瑞葵ちゃん、やっぱり読めない子だ。 ちなみにその夜、花梨さんが言った通り晶さんが非礼を詫びる電話をくれました。少し思うところはある状態ですが、今後も友人関係は継続できそうです。