夜遅く。私が何とは無しに動画サイトを覗くと、丁度トップに染谷紙魚彦のライブ配信のサムネイルが。玄葉、頑張ってるんだなぁ。 「本日の染谷怪談は『猫』に関する怪談をお届けいたしました。お楽しみいただけたでしょうか」 ページを開くと、丁度終わり際のようでした。なるほど、猫テーマだからサムネイルの染谷も猫耳がついていたのか。 「ところで小生、理不尽に思う事があるのですが。二番目にお話しした『猫吸い』の話ですが、語り終わった直後は「猫ちゃんかわいそう」とか「人の心とか無いんか？」というコメントを多く見かけましたが、この話は兄上が持ってきた話だという事を発言した瞬間に閑古鳥の皆様が手の平を返したように「さすが染谷兄」や「実際にいそうで鳥肌が立った。めっちゃ良い」などの称賛を出してくるのは何ですか。兄上ロス勢がなぜまだこんなにいるのですか」 ・・・あー、橙臣ちゃん言ってたよな。染谷兄＝私に彼女ができたって情報で発狂してるファンがいるって。何で玄葉じゃなくて私の方にファンがついてるのか本当に不思議。私は後でアーカイブ確認しておこうと思い、動画サイトを閉じて寝る事にしました。 翌日は、橙臣ちゃんが家に遊びに来ました。どうやら、昨日の染谷紙魚彦の配信の感想をぶちまけたかった模様。 「アンタリアタイしなかったの？もったいない、後で見といた方がいいわよ」 何だかすごくテンションが高めです。いつもみたいな警戒心も露わな感じじゃなくて、くねくねしてにこにこしてる。 「そんなに良かったんだ」 「うん、もちろん怪談も良かったんだけど、特に良かったのが最後の雑談パートでね！染谷さんが「皆様も熱中症にはお気をつけて」って言ったところに、有能リスナーが「何に気を付けてって言った？ゆっくり言って」ってスパチャコメントしたの！」 ふむ？熱中症が聞き取れなかったのかな。・・・あっ、いや違うわコレ。策略だ。 「そしたら染谷さんがね、優しく微笑んで『ねぇ・・・ちゅー、しよう？』って！ちゃんと乗ってくれてさぁ、もう皆大騒ぎ！早速切り抜きも出てたし！当たり前だけど鬼リピしたし！」 玄葉の事だから、ちゃんと分かってて拾ったんだろうな、そのコメント。 「もー有料ボイスレベルだったんだから！はぁ・・・好き過ぎる～！」 ソファに転がって悶える橙臣ちゃん。こんなに気に入ってもらえて、玄葉も本望だろう。・・・そうだ、染谷紙魚彦の声って私の声に似せてボイチェンで作ってる訳だから、私も同じ声出せるんだよな。ちょっと橙臣ちゃんにサービスしてあげよう。 「橙臣ちゃん、ちょっとそのままね」 「へ？」 私は橙臣ちゃんの後ろに回ると、ソファ越しにそっと抱きしめて耳元で一声。 「ねえ・・・ちゅー、しよう？恋織ちゃん」 染谷紙魚彦ボイスでささやいてあげました。すると。 「・・・！！！」 一瞬動きがフリーズした後、そっとこっちを向く橙臣ちゃん。・・・そして鋭いビンタ。 「いった！」 思わず頬を押さえる私。 「・・・！！！・・・！！！」 ソファから立ち上がった橙臣ちゃんはその間も顔を真っ赤にして耳を押さえ、口をぱくぱくさせて何か言いたそうだけど言葉が出てこない様子。 「えーと、耳元でいきなり染谷ボイスで殺し文句と名前呼びのダブルパンチを受けて、一瞬テンションが爆上がりしたけどよく考えたら声の主は私で、恥ずかしいのとムカついたのとでとりあえずビンタしたけど、すごく良かったのも事実だから怒りの言葉を口にするか喜びの言葉を口にするか感情がぐちゃぐちゃってところかな」 「解析すんなバカ！」 あ、語彙が復活した。 「アンタもう！マジで何なのもう！声が染谷さんに似てるから気を付けてって前も言ったのに何でこういう事すんの！？」 「いやぁ、喜んでくれるかなって思って」 「好きな人の声が好きじゃない奴から発されると感情がバグるからもう絶対やめて！」 ひどい言われよう。私は結構橙臣ちゃんの事好きなんだけどな、面白くて可愛いし。 「何騒いでるのよそこの二人」 「玄葉さん！」 玄葉が騒ぎを聞きつけてやって来た。これは呆れた目と、昨日の配信でまだ眠いのとが入り混じった目だな。 「こいつが！いきなり後ろから染谷さんの声真似して『ねえ・・・ちゅー、しよう？恋織ちゃん』って言ってきた！」 「それはお兄が有罪だわ」 有罪にされた。こっちの言い分の時間はないのか。 「しかも後ろからハグもされた！」 「じゃあ死刑」 「死刑は言い過ぎでしょ！兄に対して冷た過ぎるよ！」 こっちはただ後ろから女子中学生にハグして囁いただけで、何も悪い事してないのに。 「お兄、瑞葵ちゃんに言いつけるよ？性懲りもなく女子中学生を口説いてましたって」 「やめてそれは真面目にやめて。この間志愛さんに声かけた件で私が一晩中何されたのか知ってるでしょ。二十歳の子の体力にはついていけないよ、次は干からびるよ」 「もういっそ枯れ果てろ」 玄葉め、私が瑞葵ちゃんと付き合いだしてから何か冷たいなぁ。 「玄葉さん、もうあいつ放っておいて昨日の染谷さんの配信の話をしましょう」 「そうね、私の部屋・・・は片付いてないから、ゲストルーム行きましょ。お兄、冷たい飲み物用意して」 一方的に言い捨てて、玄葉と橙臣ちゃんはゲストルームに行ってしまいました。私はふくれっ面でレモネードを作り始めます。 「今度玄葉にはわからせてやらないとな・・・橙臣ちゃんはわからせると犯罪になるから勘弁してあげよう」 ちなみに橙臣ちゃんが帰った後弁明の機会が与えられたので、再現として後ろから玄葉の肩を抱いて「ねえ・・・ちゅー、しよう？玄葉」ってやったら「情状酌量の余地なく有罪」って言われました。ひどい。