●SIDE:早渚凪 「凪さん、今度の週末の夜って空いてますか？」 私の家に来た瑞葵ちゃんが、どこかうきうきしたような声で尋ねて来ました。私は予定を確認し、空いていると返事をします。 「良かったです。ふふ、実は凪さんをご招待したいパーティーがありまして」 「私を？パーティーって、何かあるの？」 すると瑞葵ちゃんは、一枚の招待状を私に手渡してきます。そこに書かれた表題を読むと『クィーン・シズムンド世界一周クルーズ　特別寄港船上パーティー』の文字。普段全然意識しない、別世界の催しのように感じます。 「実はですね、お父さんが会社の上司さんから譲られたそうなんです。本当は上司さんが出る予定だったのに、その上司さんが追突事故をされて複雑骨折しちゃって。だからお父さんが代理で行くんですけど、四人まで行けるので私とおねーちゃんに加えて、あと一人枠があるんです。凪さんをお誘いしようって、おねーちゃんと話して決めたんですよ」 「えっ、それは嬉しいけどさ、瑞葵ちゃんのお父さんの同僚の人とかじゃなくていいの？会社関連でのご招待なんだよね？」 「その上司さんも、奥さんと子供二人と一緒に行くつもりだったらしいですし、いいんだと思います。多分、取引の話とかじゃなくて付き合いでのご挨拶って感じだからでしょうかね」 なるほどな、父親が仕事の付き合いでパーティーに出て、残りの家族は普段乗れない豪華客船を一晩だけ楽しむって感じだったのか。でも上司さんが事故されてダメになったと。不運な人だな。 「私で良ければ喜んで。あっ、でもそれって瑞葵ちゃんのお父さんに挨拶しないとだよね。事前に会いに行かないと」 「あー、それは難しいかもです。お父さん、そのパーティーのために予定を開けようとすごい残業してて、ちょっと凪さんと会ってる時間は取れないかなー、って」 「って事は、いざ乗船って段階で顔合わせするの？私さ、その場で切り殺されたりしないよね？確かお父さんって『娘に近づく男絶対に〇すマン』じゃなかった？」 「そこも多分、私たちが乗船時間を遅らせれば大丈夫ですよ？お父さんは挨拶回りで早めに乗らなきゃいけないですからね、私とおねーちゃんは『誘った友達を待つから後から乗る』って言っておけば、凪さんとお父さんを会わせずにパーティー行けます」 なんだか姑息な手段の気もするけど、さすがに初顔合わせがそんな特別なパーティーの直前っていうのはキツイ。ここは瑞葵ちゃんの提案に乗ろう。 「じゃあ、それで行こうか。ドレスコードは普通のスーツでいいのかな？」 「はい、大丈夫ですよ。これ、パーティーの日程表です」 瑞葵ちゃんが見せてくれた日程を見ると、どうやら世界一周旅行中に日本に立ち寄り、そこでゲストを乗船させて行うパーティーみたいです。パーティー中は近海を回遊するので、ゲストも旅気分が味わえるのがいいですね。時間中は自由に食べられるビュッフェスタイルの食事会もあり、イベントとしてアイドルの天ノ杓エリスロさんを招いてのライブもあると書いてあります。天ノ杓さん凄いな、こんな大きなパーティーに呼んでもらえるんだ。 「えへへ、何だか疑似新婚旅行みたいですね？」 「うっ、ごめん瑞葵ちゃん。私結婚しても瑞葵ちゃんをこんな豪華な旅には連れて行けないかな」 「ふふ、大丈夫ですよ。旅の豪華さとかどこに行くかとかより、凪さんとしっぽりできる時間が大切なので」 「言い間違えだよね？しっぽりじゃなくて、ゆっくりだよね？」 瑞葵ちゃんはそれには答えず、にこっと笑いました。この子と結婚したら私、腰が死ぬかも知れない。 「じゃあ凪さん、当日楽しみにしてますね。集合場所は港近くでいいところ探しておきますから、後でメールします」 「うん、ありがとう。じゃあね、瑞葵ちゃん」 瑞葵ちゃんが帰ると、玄葉がひょこっと顔を出します。 「お兄、週末いないんだ。冷凍食品用意しておかないと」 「幽魅に作ってもらえば？私としてもさ、幽魅に来られると困るし」 ただでさえ賑やかになるだろうパーティー会場で、幽魅の面倒まで見ていられません。それに瑞葵ちゃんと一緒に過ごしたいし。玄葉もそこは分かってくれているのか、なるほどと頷きました。 「分かった、幽魅さんは私が引き受けとくね。お兄はバレないように気を付けて」 「そうだね。もしバレそうになったら『仕事関係の打ち合わせ』っていう事にしよう」 そうして私は玄葉とも口裏を合わせ、週末のパーティーに向けての準備を始める事にしました。スーツの確認や美容院の予約など、やっておきたい事は色々とありますからね。 「そうだ、江楠さんにも相談しておこう。もしテロリンがこの船を狙ってたりしたら大変だし」 私は江楠さんに電話を掛けました。少し間がありましたが、出てもらう事が出来ました。 「何だい早渚君、もしかして母さんがまた現れたかい？」 「いえ、残念ですけど違います。実は私、今度の週末にクィーン・シズムンドって船のパーティーに参加する事になったんですが、テロリンの襲撃が予想されたりしませんかね」 「う～む、今のところその情報は無いねェ。客船の規模を考えると十分にありえる話ではあるが・・・いや待て、あるかも知れんぞ。日本にはアイツがいたんだった」 江楠さんは少し深刻そうな声色になりました。何だろう、不安要素があるのか？ 「アイツって誰ですか？」 「テロリンの日本支部の幹部なんだがねェ、海難救助隊をやってる男なんだ。海での活動が得意だから、船舶テロもお手の物だろう」 「そ、そんな奴が・・・救助隊を装ったテロリストって事ですよね、そいつは」 「ああ。そいつだけじゃなく部隊全体がテロリストだよ。深海救太郎って言うんだがねェ」 一瞬、頭が真っ白になった。・・・深海？深海救太郎って、今言ったのか？ 「え・・・江楠さん」 「かつて、豪華客船ヒアウィー号の沈没事故で叩かれた『唯一生存した救助隊員』だよ。ネットを漁れば写真だって出てくる。いいかい早渚君、もしテロが起きてしまったら、救助に来た人間をよく見ろ。深海がいたら、絶対に信用するな。そいつは殺人者だ」 「・・・やめて下さい。あいつはそんな奴じゃないです。深海は私の友達で、この間だって私や向日葵ちゃんを助けてくれたんですよ。あいつがテロリンの訳がありません。今の言葉は取り消して下さい」 電話の向こうで、江楠さんが眉を顰めるのが分かった。しばらくの沈黙があったが、やがて。 「残酷なようだが、私がこの目で見てるんだ。彼はテロリストなんだよ。去年、ハワイの人工島の爆破があったんだが、そこも」 「聞きたくないです」 私は江楠さんとの電話を切った。絶対に、何かの間違いだ。去年テロの現場にいた？それだって、人助けのために駆け付けただけかも知れない。そうだ、深海の笑顔を思い出すんだ。テロリストがあんなに快活に笑えるものか。 スマホは江楠さんからの着信を伝えているが、私はそれを無視した。やがて着信はなくなり、代わりに一通のメッセージが届いた。 『テロが起きたら自力で逃げれるようにしておけ、人を信用するな』 私はその江楠さんのメッセージを、どうしても飲み込めなかった。暗い気持ちを振り払うようにスマホの画面を消すと、私はスーツの確認をしに自室へ向かった。