通勤路の猫案件
2026-01-28 10:44:05
対象年齢:全年齢
参加お題:猫
朝の通勤路は、まだ少し眠っている。
舗装路に残る夜の冷気。
始業前の時間帯、歩く人影はまばらだ。
――その静けさの中心に、ジープが一台止まっていた。
ボンネットの上には、
堂々と鎮座するサバトラ猫。
そして、その猫に――
「おはようございます」
ブロント少尉は、真剣な顔で話しかけていた。
軍服姿の若い女性士官。
背筋は伸び、姿勢は完璧。
しかし視線は完全に、猫だけを見ている。
「今日は冷えますね。
エンジン、温かいでしょう?」
サバトラ猫は返事をしない。
ただ目を細め、
「うむ、許可する」とでも言いたげに尻尾を揺らす。
「……毛並みも、問題なさそうです。
健康管理は重要ですから」
完全に軍務報告口調だった。
その様子を――
「ねえ、見て」
「軍人さん、猫に話しかけてる」
通学途中の子供たちが、
ひそひそと指をさして笑っている。
少尉は気づかない。
いや、気づいているが、それどころではない。
「……無断でジープに乗るのは規則違反ですが、
今回は特例としましょう」
サバトラ猫は、
さらに堂々と伏せた。
そのときだった。
「少尉ィ!!」
空気を切り裂く声。
「きさま!!
何をしている!!」
振り返ると、そこには大佐がいた。
完全武装。完全不機嫌。
「軍人が!!
猫に話しかけているなど!!
綱紀の緩みの象徴だ!!」
「はっ!」
反射的に直立不動になる少尉。
「ただいま、状況確認を――」
「言い訳無用!!
その猫は何だ!!」
大佐がボンネットを指さした瞬間。
「……フーッツ!!」
サバトラ猫が、
一段階上の存在感で威嚇した。
「うっ……」
大佐が一歩下がる。
「な、なんだこの猫は……
眼光が……戦歴を感じる……」
子供たちがざわつく。
「猫、強そう……」
「将軍みたい」
少尉は、なぜか少し誇らしげだった。
――そして。
「おや」
静かな声が、場を切った。
全員が振り向く。
そこを歩いていたのは、
紫がかった黒髪のストレートロング。
スマートグラスを掛けた、冷静沈着な女性士官。
リゼット少佐だった。
――頭に、黒猫を乗せたまま。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
黒猫は、少佐の頭の上で堂々と座り、
通勤路を見下ろしている。
「……少佐?」
大佐が、恐る恐る声を出す。
「何ごとですか」
少佐は歩みを止めない。
「……ああ」
一瞬だけ、状況を見て理解したように目を細める。
「申し訳ありません、大佐殿。
私の部下は、猫を見ると
時々、我を忘れてしまいます」
「い、いや、それよりも――」
「少尉」
少佐は、ちらりと少尉を見る。
「始業時間が近い。
遅刻は許されないぞ」
「はっ!」
「猫殿と遊んでいる場合か」
そう言って、
黒猫を頭に乗せたまま、通り過ぎていく。
大佐は、その背中を呆然と見送った。
「……」
少尉は、小さくつぶやく。
「……猫殿は、例外のようです」
ボンネットのサバトラ猫が、
満足そうに一声鳴いた。
冬の朝。
規律は守られ、
猫はすべてを支配していた。
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