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八咫烏神社の守護神様 番外編 「硝子と叔父様の雑談」

2026-10-10 06:00:00

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2026-10-10 06:00:00

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16

対象年齢:全年齢

デイリー入賞: 185 位

硝子と叔父様の昔話 硝子「160年前は、悪かったな・・・。私は官軍側だった。我は徳川家尾張藩には恩義があってな。尾張藩家臣に墓石まで金網を掛けられた、   徳川宗春公の屈辱と無念の為に・・・と土下座されるとな・・・」 叔父様「元の私である小栗忠順私は、既に破門されておりました。自業自得にございます」 硝子「そうだったな・・・徳川側も1枚板ではなかったし・・・」 硝子「ただ、徳川慶喜のそこまでの恭順に対して官軍側は、事実上の幽閉だ。我は、彼に薩摩と長州を滅したいかと問うた。 だが、慶喜は首を振って静岡にて趣味に生きますると笑った・・・」 叔父様「慶喜公は、明治13年には将軍職時代の正二位まで官位回復されています。」 硝子「ああ、知っている。だか、元のお前の小栗忠順や新選組の連中は、正式に名誉回復はない・・・我は、これが許せなんだ。   あの脳筋でバカでアホなのに、妙に義理固い新選組の連中な・・・」 硝子は少し目を閉じた・・・そしてゆっくり目を開けた・・・遠い眼をしていた。 硝子「我は好きじゃた。だから、官軍側の協力要請を無視して150年寝た。でも目覚めてみれば、新選組は今では人気者ではないか・・・   供養塔にも参ったが献花が絶えぬそうだ・・・よかったな・・・」 叔父様「お嬢、感謝いたします・・・」 ※明和元年(1764年)10月8日は、尾張藩七代藩主・徳川宗春の命日。宗春への処分は死後も解かれなかった  処分が続いていることを示すように、その墓には「金網がかけられていた」   死者にそこまでやる必要が本当にあったのか・・・・  宗春がようやく許されたのは、天保十年(1839年)になってから。  徳川十一代将軍・家斉の子である斉荘(なりたか)が尾張藩主になったのを機に、宗春は従二位権大納言を追贈され、尾張藩の歴代藩主として名誉回復。  謹慎を命じられてから100年、亡くなってから実に75年が経過。  それでも徳川本家への怨恨は根強く、戊辰戦争では尾張藩は早々に官軍側となるが、皮肉にも名古屋は戦禍を免れ、その代償は会津に行く・・・  そのため、あっという間に官軍は、静岡県の大井川まで進軍(橋がないので一旦進撃停止)、目の前の大軍に徳川本家は大混乱となるのである。

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新城 優
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コメント

投稿
tare_koala

2026-10-11 23:53:42
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新城 優

2026-10-12 19:00:35
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ポコ太郎

2026-10-10 12:55:00
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新城 優

2026-10-10 13:02:38
返信
悪堕ち最高でR

2026-10-10 10:45:23
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新城 優

2026-10-10 12:29:50
返信
しるばん

2026-10-10 10:11:11
返信
新城 優

2026-10-10 12:29:46
返信
Anera

2026-10-10 07:24:42
返信
新城 優

2026-10-10 07:43:44
返信

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AIイラストを始めてから約3年になります。イラスト作成内容は、日常系から異世界系と幅広く投稿しています。
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