着せ替え人形館
2026-07-14 14:04:44
対象年齢:全年齢
参加お題:着せ替え人形
「本日の訓練は、市街地潜入および擬装訓練だ。」
教官の指し示した先には、古い洋館が建っていた。
中へ足を踏み入れると、思わず足を止める。
そこには、等身大の人形が何十体も整然と並んでいた。
どの人形も若い女性を模した同じシリーズの作品らしく、顔立ちや体格には共通した雰囲気がある。
もっとも、一体一体を見比べれば違いははっきりしていた。
目の形や輪郭、髪色や髪型、表情は微妙に異なり、金髪のポニーテールもあれば、黒髪のロング、栗色のウェーブ、三つ編みやツインテールまで実に様々だ。
そして何より、衣装が違う。
メイド服。
ゴシックドレス。
着物。
礼装。
舞踏会用ドレス。
夏服。
軍服。
幻想的な民族衣装。
同じ素体に様々な衣装を着せた、巨大な「着せ替え人形」の展示だった。
若菜少尉が展示を眺めながら、小さく笑う。
「……少尉に、少し似てますね。」
「そうか?」
ブロント少尉は近くの人形を見比べる。
「全部じゃありませんけど、何となく。目元とか輪郭とか。」
「同じ工房の作品だからだろう。」
「でも、少尉が混じっても違和感なさそうです♪」
「それは褒めているのか?」
教官が咳払いをした。
「展示物と一体化し、敵に気付かれず潜入せよ。」
「展示品になりきること。」
「今回は、それが課題だ。」
「……了解。」
◇
数分後。
アンジェラ・ミカエラ・ブロント・轟少尉は、アイボリーのアンティークドール風フリルドレスを身にまとい、展示台の上で完全に静止していた。
レースを幾重にも重ねたドレス。
大きな青いリボン。
黒いストラップシューズ。
普段の軍服とは正反対の、可憐な着せ替え人形の衣装。
(私は人形だ。)
(私は人形だ。)
(これは訓練だ。)
両手を胸の前で重ねる。
視線は一点。
呼吸すら最小限。
ただ一筋、頬を伝う汗だけが、生身であることを物語っていた。
その姿は、周囲の展示人形の中に自然と溶け込んでいる。
少なくとも、遠目には。
その背後。
同じアイボリーのドレス。
同じ青いリボン。
そして、少しだけ大きすぎる金髪ポニーテールのカツラ。
若菜少尉である。
「せっかくですから、お揃いです♪」
本人だけは満足そうだった。
もちろん、近くで見れば全然違う。
身長は十センチ以上低く、顔立ちも幼い。
カツラの下からは茶色い髪が少しだけ覗いている。
だが遠目には、「金髪ポニーテールの人形」がもう一体増えた程度にしか見えなかった。
若菜はブロント少尉の背中を見つめる。
「少尉……。」
返事はない。
「…………。」
口元がゆっくり緩む。
次の瞬間。
片目の下を指で引っ張り、
「べー。」
思い切りアカンベをした。
視界の端で、何かが動いた気がした。
(……。)
(今……。)
(動いた……?)
ブロント少尉は、ほんのわずかに首だけを後ろへ向ける。
その瞬間。
若菜はぴたりと静止した。
両手を重ね、
微笑みも消し、
まるで本物の展示人形。
ブロント少尉は数秒見つめる。
(……気のせいか。)
(人形が動くはずはない。)
静かに正面へ向き直る。
若菜は肩を震わせた。
笑いを堪えながら、今度は小さくピース。
さらにウインク。
最後はもう一度、アカンベ。
ブロント少尉は振り返らない。
(集中しろ。)
(疲労で幻覚を見ることもある。)
(人形は動かない。)
(だから、今見えたものは気のせいだ。)
そう自分に言い聞かせながら、完璧な展示人形を演じ続けた。
◇
訓練終了のラッパが鳴る。
展示台を降りたブロント少尉の前で、若菜は金髪ポニーテールのカツラを外した。
ふわりと茶色いウェーブヘアが現れる。
「ぷはぁ♪ 暑かったです。」
「……若菜。」
「はい♪」
「さっきから、そこにいたのか。」
「ずっといましたよ?」
「人形だと思っていた。」
「ちゃんと動いてましたよ?」
「人形が動くわけないだろ。」
若菜はきょとんとしたあと、吹き出した。
「少尉って、本当に真面目ですね♪」
そのやり取りを見ていた教官は、訓練記録の映像を再生する。
画面には、
必死に人形になりきるブロント少尉。
そのすぐ後ろで、
アカンベ。
ピース。
ウインク。
そして笑いを堪えて肩を震わせる若菜少尉。
教官は映像を止め、深いため息をついた。
「若菜少尉。」
「はい♪」
「君の訓練目的を述べたまえ。」
若菜は満面の笑みで敬礼した。
「少尉の集中力試験です♪」
しばし沈黙。
やがてブロント少尉は静かに目を閉じ、小さく呟いた。
「……敵より、お前の方が厄介だ。」
若菜の楽しそうな笑い声だけが、静かな着せ替え人形館にいつまでも響いていた。
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